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春のにほひ

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各地で桜が満開のようですね。

 
  

桜の見頃というのは一瞬だなといつも思うのですが、

その時に決まってスペインの「人間の塔」の絵が

頭に浮かびます。

 
 

桜が満開になるというのは、塔の頂上に人が立ち、

手を上げた瞬間に似ているなと。

 
 

「その時」までに徐々に高まっていき、

その瞬間を過ぎると後は崩れるのみ。

 
 

散る花弁の余韻を楽しみながらも、そこには

すでに祭りの後のような寂しさがあるという。

 
 

その瞬間しかないという一回性が

人の心を捉えるのかもしれませんね。

 
 

ここ数年はゆっくりお花見する機会もなかなか

ありませんでしたが、通勤途中にある桜並木を

見ながら、「手を上げた瞬間」を見られる喜びを

密かに感じたりしているのです。

 

 

 

気の所為

f:id:kenji-hazama:20170119210312j:plain先週末、実家への帰省のその足で、島根県出雲大社へ参拝して来た。

 

正直なところ、幼少のころからの記憶を辿ってみても、それまで出雲大社に行ったという記憶がまるでない。

 

実家から距離はそれほど離れていないし、我が郷里はどちらかと言えば出雲大社に崇敬の念を持たれている方が多い地域でもある。

 

母方の祖母などはこれまでに何度も参拝に訪れている。

 

お参りしようと思えばいつでも行けたはずなのだが、これまで行ったことがないというのは不思議と言えば不思議であった。

 

それでも、出雲大社からほど近い日御碕の灯台を見に行ったことだけは微かに覚えている。

 

稲佐の浜ウミネコの鳴き声と波音を聞いて、少し懐かしい気持ちがしたのはそのせいだろうかと一瞬思ったが、ただの気のせいかもしれない。

 

三が日から慌ただしく動いていたため、これが今年の初詣となったわけだが、積年の思いを込めると共に、感謝の念で静かにお参りさせていただいた。

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それにしても、大社造りというのは本当に威厳がある。

 

床が高い構造、そして切妻造の妻入のため正面から千木が天にそびえる姿が見られるというのも良い。

 

檜皮葺の屋根の曲線も美しく、なにより自然との一体感がある。

 

松江市神魂神社などはそのお社の佇まいが周りの自然と完璧に調和し、その場にいるだけで圧倒されてしまうほどの荘厳さを醸し出している。

  

人工のものと自然とが完全に調和することで、人口のものも「また」自然に還る。

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出雲大社参拝後、灯台の辺りまで行ってみようかと稲佐の浜から北へ県道29号線を日御碕に向って走る道中、素晴らしい光景に出会う。

 

雲間から幾本もの光が冬の日本海に降り注ぐ。

 

出雲大社への参拝直後にこのような神々しい光景に出会えるとは出来すぎと言えば出来すぎであるが、それはまさに感動的な美しさであった。

  

そうか、この光景を見せるために今日参拝させて下さったのか。

 

いや、ただの気のせいだろう。

 

しかしそれでも、今日のこの日に参拝できて良かったとしみじみ思うのである。

 

 

見上げれば

f:id:kenji-hazama:20161222004847j:plain気が付けば早や12月も下旬である。

 

年の瀬の多忙さは毎年のこととは言え、上旬の出来事をここに書こうと撮った写真と現在の空気感の差異に、改めて時間の過ぎ行く早さを思うと同時に、今まさにその記事を書いている自分の悠長さにいささか呆れてしまう。

 

冬至を過ぎ、ここからはそれこそ日増しに日光を浴びる時間が長くなるとは言え、目の前の仕事の繁忙さを乗り切ることに忙殺されている今、のんびりとその恩恵に預かれる日は、もうしばらく先になるかもしれない。

 

そんな多忙の中にあっても気になるアーティストの作品展には時間が許す限り足を運ぶようにしている。

 

当然限られた時間のなかで複数の場所を周ることになるため、タイトなスケジュールになるのは如何ともしがたいが、それでも、今その場で自分の目で観て体感しておかなければ次はないという思いに背中を押されるのである。

 

同じ作品であっても観る場所とタイミングが違えば、その印象と自分にとっての意味は大きく違ったものになる。

 

今回幾つか観た作品展で共通して心に残ったものは、おそらく「色彩」であった。

 

水彩画、マンダラアート、日本画など、分野は違えどその色彩の表出にそれぞれの個性と情感があり、そこには像を超えた人間性すら現れているような気がした。

 

色彩の重なりとグラデーションは緻密になるほど透明感を増し、その世界観はより明瞭となる。

 

京都市美術館「生誕300年 若冲の京都 KYOTOの若冲」で観た若冲作品の濃墨の大胆さと存在感が強く印象に残っている。

 

若冲の色彩感覚の素晴らしさは墨の色にこそ凝縮されていると思っているが、淡墨の中に大胆にバランスされた濃墨は、その意味性も含めて絵全体の印象を強く牽引するものであった。

 

拓版画のコーナー解説の中の一文に「墨に五彩ありとは言い古された言葉だが…」とある通り、言い古された言葉の中にひとつの真実があることは疑いようがない。

 

多忙な日々の中でも、長くなって行く日の光を感じられるのと同じように、其処ここにある色彩の妙を感じられる心の余裕は持っていたい。

 

気に留めないだけで、見上げればそれはそこにも広がっているはずである。

 

 

確かにそこにあるもの

f:id:kenji-hazama:20161123174914j:plain先日、所用で2日ほど実家に帰省して来た。

 

箕面から岡山県北の実家までの道のりは、高速道路を使えば3時間ほどなのだが、ここ数年は一般道を通って帰ることにしている。

 

特別な理由がある訳では無いが、高速道路を淡々と走るのは何だか味気無いし、もともと長距離運転が嫌いでないこともあり、のんびりと景色を見ながらのドライブが却って良いリフレッシュになっている。

 

国道9号線を永遠と西へ向けて走り、兵庫の山を抜け、鳥取に入り、白兎海岸辺りの壮観な景色が見えて来ると、いつもどこかほっとした気持ちになる。

 

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そして海岸線を徐々に離れ、そこから岡山県の山間部へ向けて倉吉市の中心部を南下して行く訳だが、こちらは今回、いつもの景色とは違っていた。

 

多くの家屋の屋根に被せられたブルーシート、道路や橋に見られる大きな段差、街中の至る所に先日の鳥取県中部地震の爪痕が生々しく残っている。

 

ニュースなどで見聞きはしていたが、実際にその光景を目の当たりにすると何とも言えない気持ちになった。

 

比較的震源に近かった我が家も震度5強の強い揺れに見舞われはしたが、幸い家屋に大きな被害はなく、家族に怪我人も出なかった。

 

それでも地震の直後にしばらく電話が繋がらなかった時は、心配で身のすくむ思いがしたものである。

 

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こういった不測の自然災害に遭遇すると、改めて人間の力の無力さというものを感じざるを得ない。

 

またそれと同時に、普段の生活の中で特段意識されていなかった「本当は一番最優先に大事にされるべきもの」に否応なく気付かされる瞬間でもある。

 

それは、日常の雑多な思考に埋もれて見えていなかった家族に対する思いであったり、あるいは望郷の念のようなものだろうか。

 

奇妙なようだが、それはある種、自分自身にとっても「驚きのある発見」であり、心が震えたことでそれまで意識しなかった感情が溢れて来たとも言える。

 

「見えていないけども、確かにそこにあるもの。」

 

見ようとしさえすれば、それはいつでも見えるはずなのに、見ようとしないがために、見えないままでいる。

  

見えているものだけが全てではないと思えるなら、真に大切なことを見誤らず、前に進むことができるかもしれない。

 

実家に到着し両親の顔を見た時は、やはりほっとしたものだ。

 

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帰省中、実家から歩いて10分ほどのところにある氏神様へお参りに行った。

 

境内に一歩足を踏み入れた瞬間、思わずはっとした。

 

誰もいないその境内を、まだ誰も歩いていない雪面のように銀杏の葉が一面を埋め尽くしていた。

 

山の麓であり、神職も常駐していない静かな神社である。

 

おそらく数日ほど誰も足を踏み入れなかったに違いない。

 

 誰も見ていないけれども、確かにそこに「美」はあった。

 

 

 

 

水と墨と

f:id:kenji-hazama:20161031222428j:plainいつから自然水に関心を持ち出したのか記憶が定かではないが、たまに一人でぶらりと旅行に行くときなど、その近辺に「良さげな」水場はないか何気に探してみたりするようになった。

 

我が郷里は清廉な水がどこからでも湧いてくるような土地であったが、そのことをそれほど気に留めたこともなく、つい最近まで過ごして来た。

 

にも関わらずそうなったのは、もしかしたら、近年起こった様々な災害などの出来事、そのニュースに接することで自身の記憶が揺さぶられ、水の重要性やその有り難さを無意識的に感じるようになったのかもしれない。

 

この写真は今から4年ほど前、2012年の10月下旬に、一人で和歌山県の熊野から串本辺りを旅行した際に見つけた水場である。

 

串本の旅館の女将さんのブログに小さく載っていた写真と、古座川町のある集落の辺りだということくらいしか情報はなく、見つけるのはほとんど不可能に近いかと思われた。

 

紀伊半島のほぼ中央、山の谷間の小さなその集落を車で1時間ほど探したが見つからず、諦めて帰ろうかと思っていたところ、その集落に1件だけある簡易郵便局の前で談笑している壮年の男性2人を発見。

 

ダメ元でブログの写真をお見せすると、

「あーこれかいな、アンタこんなん探しに来たん?」

「さっきから何回も同じ車が通るなーて話してたんや」

「そしたらワシが軽トラで先導してあげるからついておいで」

 

そのまさかの展開に驚きつつも、男性のご厚意に甘えて車で20分ほど先導していただき、どうにか写真の水場へと辿り着くことができた。

(教えてもらわなければ絶対にわからない山の中である。)

 

なかなか趣のある水汲み場だが、聞くところによると、近所の方が趣味で作ったものだと言う。

(近所といっても完全に山の中で近くに家は無い。)

 

「こういうのを作るのが好きな男がおるんよ」

「そしたらワシ行くから、帰り道気をつけてね」

 

軽トラで帰って行く男性を見送り、しばらくその場の清廉な空気に浸る。

 

手酌でいただいた水はとても柔らかで、すっと体に染み渡っていくのがわかった。

 

このほとんど誰も来ないであろう山中で、日夜滔々とこの清廉な水が流れ続けていると思うと、何か感動的な気持ちすらしたのを覚えている。

 

墨で紙に何かしらを現すということにおいて、水は無くてはならないものである。であるなら、水の質というものがその「象」の現れ方に影響を及ぼすというのは、ごく当たり前のことのように思える。

 

しかしまだ、私はそのことに無意識的過ぎるかもしれない。