見上げれば

f:id:kenji-hazama:20161222004847j:plain気が付けば早や12月も下旬である。

 

年の瀬の多忙さは毎年のこととは言え、上旬の出来事をここに書こうと撮った写真と現在の空気感の差異に、改めて時間の過ぎ行く早さを思うと同時に、今まさにその記事を書いている自分の悠長さにいささか呆れてしまう。

 

冬至を過ぎ、ここからはそれこそ日増しに日光を浴びる時間が長くなるとは言え、目の前の仕事の繁忙さを乗り切ることに忙殺されている今、のんびりとその恩恵に預かれる日は、もうしばらく先になるかもしれない。

 

そんな多忙の中にあっても気になるアーティストの作品展には時間が許す限り足を運ぶようにしている。

 

当然限られた時間のなかで複数の場所を周ることになるため、タイトなスケジュールになるのは如何ともしがたいが、それでも、今その場で自分の目で観て体感しておかなければ次はないという思いに背中を押されるのである。

 

同じ作品であっても観る場所とタイミングが違えば、その印象と自分にとっての意味は大きく違ったものになる。

 

今回幾つか観た作品展で共通して心に残ったものは、おそらく「色彩」であった。

 

水彩画、マンダラアート、日本画など、分野は違えどその色彩の表出にそれぞれの個性と情感があり、そこには像を超えた人間性すら現れているような気がした。

 

色彩の重なりとグラデーションは緻密になるほど透明感を増し、その世界観はより明瞭となる。

 

京都市美術館「生誕300年 若冲の京都 KYOTOの若冲」で観た若冲作品の濃墨の大胆さと存在感が強く印象に残っている。

 

若冲の色彩感覚の素晴らしさは墨の色にこそ凝縮されていると思っているが、淡墨の中に大胆にバランスされた濃墨は、その意味性も含めて絵全体の印象を強く牽引するものであった。

 

拓版画のコーナー解説の中の一文に「墨に五彩ありとは言い古された言葉だが…」とある通り、言い古された言葉の中にひとつの真実があることは疑いようがない。

 

多忙な日々の中でも、長くなって行く日の光を感じられるのと同じように、其処ここにある色彩の妙を感じられる心の余裕は持っていたい。

 

気に留めないだけで、見上げればそれはそこにも広がっているはずである。