柔らかな

 

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明日から本格的にゴールデンウィークに突入である。
 
 
海外に出掛ける友人などは件の近隣諸国の情勢がやはり気になるようで、
何か有事が発生した場合の対応などをあれこれと考えているようだが、
そこはやはり海外旅行前、不安よりもそのワクワク感の方が勝っている
のは表情を見ればすぐに分かる。
 
 
楽しいことが待っているというその期待感に満ちた笑顔。
 
 
何だか羨ましい気持ちになりつつも、そのワクワク感が自分にも移って
来くるようで、人のそういう表情を見るのは決して悪いものではない。
 
 
とは言え、今回、私には特段の予定はないのである。
 
 
おそらく普段ほったらかしたままの雑事などをあれこれと片付けながら、
本の1冊でも読めれば良いかという、いたって地味な数日となるだろう。
 
 
初夏の爽やかな気候の中、閑散とした朝の街を自転車で走るのも悪くない。
 
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先月末、京都の大将軍八神社にお祓いをしていただきに伺った。
 
 
13年ほど前に、とあるご縁で方災除けのお祓いをしていただいて以来、
今でも年に1回ほど、だいたい春ごろに伺うようにしている。
 
 
正直なところ厄とか、そういったものに疎い私としては、これは厄祓いと
いうよりも、自分の中の気持ちを締め直して、また新たに1年をしっかり
と過ごして行こうという、ある種の「気持ちのリスタートの為のきっかけ」
という感覚の方が正しいかも知れない。
 
 
本殿でお祓いを受けた後、いつも神社の境内にある「方徳殿」を拝観させて
いただいている。
 
 
ご存じの方もいらっしゃると思うが、こちらの「方徳殿」には、平安時代から
鎌倉時代に造られた御神像が80体所蔵されている。
 
 
これだけの数の御神像が1箇所に集まるということ自体非常に特殊であるが、
姿も表情も装束も、1体1体、様々である。
 
 
しんと静まり返った空間で、80体の御神像に四方を囲まれてそこに佇むと、
気分はまさに裁判を受ける被告のような心境だ。
 
 
その空間でひと時を過ごせば、否応なしに自分の心と対話せざるを得なくなる。
 
 
それはつまり、結果的に良かった悪かったということより、
「しっかりやったか」という自分自身への問いである。
 
 
答えが「Yes」の時もあれば、はたまた…。
 
 
たった年に1度のことだが、自分にとってはとても大切な時間となっている。
 
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神社に向かう際、約束の時間に遅れそうだったためタクシーを利用した。
 
 
ドライバーさん曰く、「最近の観光客の方は、こちらが薦めた観光地に全く
興味を示さない」という。
 
 
つまり、京都に来る前から自分が行きたい場所とその詳細、ルートなどを
インターネットで完璧に調べ上げており、それに外れるオーダーには目も
くれないというのだ。
 
 
仁和寺の桜はもう散りかけているけど、ここの桜は今が見頃ですよ」と
薦めても、「そこはいいので、次はここへ行って下さい」と、スマホの画面を
見せられる。
 
 
ここ数年、特にそういった傾向が顕著になり、最近はもうこちらから薦める
ことはほとんどしなくなったと仰っていた。
 
 
確かに自分がどこかへ旅行に行く時のことを考えても、最近はインターネット
などでかなり詳細に調べてから出掛けることが多くなったのも確かだ。
 
 
見知らぬ土地で何の情報もなく薦められた場所に行くことに抵抗を感じること、
これすらもインターネットの影響かも知れない。
 
 
そうした時、果たして不安が勝るか、ワクワクが勝るか、それとも無感情に
自らが調べ上げてきたルートをなぞるのか。
 
 
少なくとも、楽しいことが待っている「かもしれない」と思えるくらいの
柔らかな心でありたいと思う。